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福岡地方裁判所 昭和47年(む)708号 決定

被疑者 福岡警察署逮捕一号こと氏名不詳の男

決  定

(住居、氏名略)

右の者に対する道路交通法違反、公務執行妨害被疑事件について、昭和四七年六月二六日に福岡地方裁判所裁判官がした勾留の裁判に対し、同日、弁護士川淵秀毅、同小島肇および同上田国広ならびに福岡地方検察庁検察官大本正一からそれぞれ準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各準抗告の申立をいずれも棄却する。

理由

第一、弁護士川淵秀毅、同小島肇および同上田国広の準抗告申立について

一、本件申立は、右弁護士三名が本件被疑者の弁護人という資格においてなしたものであるところ、右弁護士らの提出した弁護人選任届をみるのに、同届の被疑者氏名欄には「昭和四七年六月二三日公務執行妨害容疑で逮捕された福岡一号」とあり、また一般に被疑者の署名押印のなされる欄には「被 福岡一号」という記載と指印があるものの、被疑者が自己の氏名を自署してなした署名は存在せず、他に被疑者の氏名の記載ももとよりなく、さらに右指印についてこれが本人のものに相違ない旨を認証する看守その他第三者の署名押印も存在しないことが明らかである。

二、そこで、右弁護人選任届によつてした弁護人の選任の効力について考えるのに、公訴提起前における弁護人の選任についてはこれを要式行為と定める明文の規定はないが、公訴提起後においては、氏名を記載することのできない合理的な理由がない限り、弁護人になろうとする者と被告人とがそれぞれ自己の氏名を自書し押印した(連署した)書面を差し出してするのでなければ選任の効力を有しないものとされ(刑訴規則一八条。昭和四四年六月一一日最高裁判所第一小法廷決定、刑事判例集二三巻七号九四一頁参照。)、また、公訴提起前にした選任の効力を第一審において認められるにも、同様に、弁護人となろうとする者と被疑者とが連署した書面を捜査機関に差し出すことが要件とされ(刑訴規則一七条)、しかも法が弁護人の選任を右のように要式行為としている理由は、手続を厳格丁重にして過誤のないようにしようとするためであるとともに、被告人が訴訟の主体として誠実に訴訟上の権利を行使しなければならないことによるものと解されていることに鑑みれば、公訴提起前においても、本件準抗告申立のように被疑者が自ら進んで裁判所(官)に対し自己に利益な裁判を求める訴訟行為をするにあたり、これを弁護人によつてしようとする場合には、当該弁護人の選任が公訴提起後におけるそれと同様の方式によつてなされているのでない限り、選任の効力を有しないものと解するのが正当である。すなわち、勾留、保釈請求却下等の裁判に対する刑訴法四二九条一項の準抗告の申立につき、これが正当な弁護人によつてなされたというためには、公訴提起前であつても、氏名を記載することのできない合理的な理由がある場合を除き、被疑者の署名のある弁護人選任届によつてその選任がなされていることを要し、そのような弁護人選任届によらない弁護人の選任は当該訴訟手続において無効なものとして取り扱うほかはないのである。

三、してみると、本件弁護人選任届には前記のとおり被疑者の署名が存在せず、また本件において被疑者が右選任届に自己の氏名を記載することができない合理的な理由のあることは、本件全資料によるもその疎明がないから、右選任届によつてした弁護人の選任は無効というほかなく、結局、本件準抗告の申立は、被疑者の弁護人として資格を有しない者の申立であつて、これが不適法であることに帰し、その申立の理由について判断するまでもなくこれを棄却すべきものである。

第二、検察官の準抗告申立について

一、本件申立の趣旨および理由の要旨は、原裁判官は被疑者が本件被疑事件について罪証を隠滅すると疑うにたりる相当な理由があるとして被疑者に対する勾留状を発付したが、被疑者は住居、氏名、年令等一切を黙秘し、捜査機関においても具体的にこれを認知することが全くできていないのであるから、被疑者の住居は不定(不詳)で、かつ、逃亡すると疑うにたりる相当な理由があるというべきであり、この点原裁判官は判断を誤つているから、右勾留状について勾留の理由として刑訴法六〇条一項一号および三号所定の理由のあることを追加する裁判を求める、というにある。

二、そこで、右申立の実体的な理由の有無を検討する前に、まず、このような申立が適法になされうるものかどうか考えるのに、被疑者を勾留するには刑訴法六〇条一項各号所定の理由のあることが必要であり、また、勾留状には右各号に定める事由を記載しなければならないとされ(刑訴法六四条一項、刑訴規則七〇条)、実体的に存在する理由と勾留状に記載される事由とは一致すべきが当然であるが、時間の経過や事情の変更によつて変動する可能性のあるこの勾留理由については、右実体的理由と勾留状の記載とが仮に喰い違つたとしても、それだけで直ちに当該勾留が違法となつたり勾留状が無効となつたりすることはないと解すべきであり、さらに、勾留延長、勾留取消、勾留更新などの際にも、勾留状の記載にかかわりなく、当事者らが勾留理由の実体的な存否を争い、また裁判所(官)もその判断において当初の勾留の裁判で示されている理由に拘束されることなく実質的に判断することができると考えられるから、検察官が自ら勾留の請求をして勾留状の発付を得た以上は、当該勾留状に記載された刑訴法六〇条一項各号の事由が検察官の主張するところと喰い違うとしても、右記載の訂正や追加を求めるなんらの実益も持たず、従つてこの点不服を申し立てる利益を持たないものといわなければならない。

三、要するに、原裁判官のした勾留の裁判に対し、検察官(弁護人も同様である。)がその原裁判のいわば主文の取消しを求めることなく、勾留状に記載された刑訴法六〇条一項各号所定の事由の追加変更のみを求めて準抗告を申し立てることは、いわゆる上訴の利益を欠き、その理由の有無を判断するまでもなく不適法としてこれが棄却を免れないというべきである。

第三、結論

以上の次第で、本件弁護士三名の準抗告申立および検察官の準抗告申立はいずれも、その余の点について判断するまでもなく、申立の手続がその規定に違反するから、各刑訴法四三二条、四二六条一項に従いそれぞれこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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